ハワイスクープ

ハワイ昔話02/カメハメハのルーツ

前回に続いて2回目です。
前回は、カウアイ島だけちょっと違ってる、というところで終わりました。
今回は、それらハワイアンのルーツについて書いてみたいと思います。

ワイキキのど真ん中にアーミーミュージアムという施設があります。
2014年に紹介しています▼
アーミーミュージアムって何?

ハワイにあるアメリカ陸軍に関する博物館みたいな施設なのですが、
その中に……

白人たちがやってくる前のハワイ諸島の地図があります。
地図というか、勢力図というか。
色の違いは王様の違いです。1775年の勢力図ですね。

オアフ島は黄色になっています。
オアフ島はこの時、Kahahana という王様がおさめていました。

そのオアフ島も、細かく分けられていて、
それぞれにおさめている王様がいました。

※画像は Kamehameha School からお借りしました。

ひとつの区域の中に、山頂から海までが含まれていて、
それらひとつひとつの区域の中に、以下4つの階層がありました。

・アリイ(王族)
・カフナ(神官)
・マカアイナナ(平民)
・カウバ(奴隷)

この区域をハワイ語で Ahupua’a(アフプア)と言います。

そのアフプアアについては、一度記事で紹介させていただきました。
Ahupua’a/クアロアランチのアフプアア見学

初めてのポリネシアンがハワイ諸島に上陸してから、
ハワイの社会は、この文化の下で時をすごしていました。

ちなみに彼らは文字を持っていなかったので、
これらの話は言い伝えでしかありません。

バースストーンも……
クカニロコ・バースストーンって何ですか?

オアフ島に点在しているヘイアウも、
オアフ島をおさめていたアリイ(王族)がいた時代につくられたものです。

では、ちょっとさかのぼります。

前回の記事で、ハワイアンは赤道よりも南からやってきた、
ということを紹介させいただきました。

この第2軍の時にやってきたのが、
当時タヒチをおさめていた王の息子たちでした。

ウルとナナウルという兄弟です。

ウルは、マウイ島、ハワイ島
ナナウルは、モロカイ島、オアフ島、カウアイ島
をおさめたそうです。

伝説というか、語り継がれてその歴史はあるわけですが、
WEBを検索していると、以下のようなページにたどり着きました▼

なんと、カウアイ島のルーツがウルになっています。
ううむ、意味がわかりません。
が、文章ではなく語り継がれた歴史なのでしょうがないです。

上の表の中で、人物の名前が近年になって増えていますが、
それも語り継がれた歴史なのでしょうがないですね。

さてさて、
ここでハワイの歴史を変えるできごとがハワイ島で起こります。

『パアオ』というカフナがサモアからやってきて、
ハワイ島を制していた、ウル王朝系の王を倒してしまったのです。
そして、サモアからアリイクラスの『ピリ』を連れてきます。
これで、ハワイ島の王はちょっとランクが下がってしまったそうです。

この『パアオ』が、生贄をささげるタイプのルアキニ・ヘイアウをつくります。
ハワイ島の Kohala にある『モオキニ・ヘイアウ』がそれです。
生贄をささげるタイプのヘイアウ、第一号です。

モオキニ・ヘイアウで始まった生贄を捧げる儀式?は、
ハワイ諸島に広がっていきます。

オアフ島のパンチボウルでも生け贄が捧げられるようになります。

あ、まだキングカメハメハに到達していない。
キングカメハメハの登場は次回ですな。。。

……つづく

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