匿名希望D「ワイキキビーチマリオットの近くに、
プリンスクヒオの像ってあるんですけどあれは何者ですか?
ハワイ王朝史には出てこないみたいですが。
何をした人なんですか?」
ワイキキ・ビーチに、銅像が二つたっています。
一つは、サーファーのデューク・カハナモクです。
デューク・カハナモクについては、先日ちょろっと紹介させていただきました▼
Duke’s Oceanfest /デュークス・オーシャンフェスト、今週末開催
もうひとつが、ワイキキビーチの東端にたっている…
この人、プリンス・クヒオです。
直訳したらクヒオ王子です。
1871〜1922
多少、ハワイの歴史がわかる人が見ると、わけがわからなくなります。
ハワイ王国は、1893年に終わっています。
このクヒオ王子が22歳のころです。
この銅像を見る限り、クヒオ王子が活躍したのは、もっとあとの話です。
カラカウア王の像を紹介する記事のところにも書いていますが、
ハワイ王朝史を、もう一度簡単に書いておきます。
1. カメハメハ大王 1795 〜 1819年
2. カメハメハ二世 1819 〜 1824年
3. カメハメハ三世 1825 〜 1854年
4. カメハメハ四世 1854 〜 1863年
5. カメハメハ五世 1863 〜 1872年
6. ルナリロ王 1873 〜 1874年
7. カラカウア王 1874 〜 1891年
8. リリウオカラニ女王 1891 〜 1893年
クヒオ王子が生まれたのは、カメハメハ五世の時代です。
そして、ハワイ王国が滅びていくのを体感しながら大人になっていきました。
クヒオ王子は、カウアイ島最後の王カウムアリイの曾孫です。
カムウアリイというのは、カメハメハが倒せなかった唯一の敵将で、
最後は同盟を組むようなカタチでハワイ王国の傘下に入りました。
カウアイ島のポイプには、クヒオ王子生誕の地という聖なる地?もあります。
カウアイ島だけが、
カメハメハよりもカムウアリイに関する伝説が多いのは、
やっぱり自分たちは違う、と思っているからなんでしょうか。
クヒオ王子生誕の地は、
今もキレイに整備されています。
が、特に詳しく説明があるわけでもなく、
日本人には謎の場所かもしれません。
では、クヒオ王子について少し。
1895年 ハワイの最後の王、リリウオカラニと一緒に幽閉される
ハワイ王国滅亡後、ハワイのために動き回り…
1902年 ハワイ準州唯一のアメリカ下院議員に選出
そのあと死ぬまでずーっと議員として活躍
1919年 アメリカ議会にハワイ立州法案を初めて提出
1921年 ハワイアン・ホームステッド法制定
ハワイアンの血が50%以上入ったハワイ州民に、
20万エーカーの公有地を無料分譲するというハワイアン擁護の法令
1922年 50歳で死去
ハワイ史に興味がない人にはあまり馴染みがない人物かもしれませんが、
ハワイ近代史の中では欠かせない存在なんですね。
オアフ島には、カラニアナオレ・ハイウェイという道路がありますが、
あれは、クヒオ王子のフルネーム
Jonah Kūhiō Kalanianaʻole
から取ったものです。
3月26日 クヒオ王子の誕生日は、ハワイの祝日となっています。
クヒオ王子生誕の地は、ポイプの潮吹き岩へ行く途中にあります▼
【オアフ島発着】カウアイ島1日観光
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