ハワイスクープ

新型コロナウイルス(COVID-19) に打ち勝って、ハレイワへ行こう!

勝手に命名「新型コロナウイルス(COVID-19) に打ち勝って」シリーズ第5段!

今回はちょっと歴史を語りながらノースショアの町、ハレイワをご紹介します。まずは、しっかり予習です。

ハワイのオプショナルツアーでよく聞く「ハレイワ」という町があります。オアフ島の北、ノースショアと呼ばれるエリアにある町で….

そこへ行ったら、エビ屋台とかフリフリチキンへ行こう!なんて紹介されてたりします。ワイキキから離れたこの場所に、どうしてこんな町があるのか。それを知ると旅はさらに楽しくなるかも。

かつて、オアフ島には鉄道が通っていました。1889年から一部開通し、1897年にはオアフ島北のカフクまで行くようになりました。どうしてそんなものが造られたかというと…..

サトウキビを運ぶためです。シュガーケイントレイン、サトウキビ列車ですね。この鉄道は、サトウキビを運ばなくていいようになった1947年で終了します。1947年といえば第二次世界大戦の後です。ハワイで育った、おじいさん、おばあさんなら、その列車が走る姿を覚えていらっしゃることでしょう。

当時の移民を描いた映画があります。ハワイ好きなら見ておくべきかと▼
ピクチャーブライド

もっと知りたい方はこれ▼

題名■図説ハワイ日本人史
版元■ビショップ博物館出版局
著者■篠遠和子ほか
篠遠嘉彦教授の奥さま、篠遠和子さん他、数名の歴史家によってつくられたハワイ日系人のルーツをたどる一冊。日系移民のことが詳しく書かれてます。ちなみに、初めての移民は江戸幕府との契約でやってきた1868年。明治政府との官約移民は1885年。日本からの移民が全面禁止になるのは1924年です。

サトウキビ列車について、LeaLeaWEBやハワイスクープでも紹介しています▼
ヒストリカルトレインでドルフィンウォッチングへ – 前編 –
オアフ島の西でサトウキビ列車に乗ろう!

さてさて、オアフ島の中心地はホノルルですが、そのサトウキビ畑で働く人々は、その近くで生活することになります。農作業は現代とは比べ物にならないくらい原始的で、たくさんの人員が必要でした。いくつかの町が生まれました。

サトウキビ列車の終点の町カフク、そして、その手前のハレイワとワイアルアに大きな町ができたそうです。それぞれの町に野球チームができ、対戦試合をした記録なんかが残っています。

どうしてその町が大きくなったか、というと、サトウキビを加工する工場があったから。ワイアルアに残っている煙突は、この工場跡です。

※ワイアルア・コーヒー・ファクトリー、ノースショア・ソープ・ファクトリーはこの工場跡地にあります。

ちなみに、今はもう何も残っていませんが、へなしゅんがハワイに上陸した2000年には、カフクにも大きな工場跡がありました。

オアフ島ノースショアへプチトリップ!

これらの町は今は静かになってしまっていますが、現在もたくさんの人が住まれています。

機会があったら、ボンダンス(盆踊り)を覗いてみてください。すごい賑わいです。

ハレイワで見た盆ダンス

いかがでしたでしたか?

事前学習して町の歴史をいろいろ知ると、ハレイワの風景もより感慨深いものになると思いますよ。

予習してハワイでリアル体験。そして、帰ってから復習。これでかなりのハワイ通!

<編集日:2020年5月22日>

facebookでコメントする

Return Top