ハワイスクープ

新型コロナウイルス(COVID-19)に打ち勝って、カイルア・カネオヘへ行こうー後編

前回のつづきです。

勝手に命名「新型コロナウイルス(COVID-19)に打ち勝って」シリーズ。今回は、オアフ島ワイキキの北にあるカイルア、カネオヘのあたりについて書いています。今回、後編

カイルアとカネオヘの町は、半島の北と南に寄り添うように並んでいます。この半島の名はモカプ(ハワイ語でモクは島や半島、カプはタブー)

現在はアメリカ海兵隊の基地になっていて、一般人は入ることができません。

カイルアとカネオヘ行かれたことがある方は分かると思いますが、この2つの町に、ホノルルのような古い建物はほとんどありません。どうしてか、というと、カイルアとカネオヘが今のような町になったのは、まだ最近だから。

これは、Kailua Historical SocietyというWEBサイトに掲載されていた写真です。いつの写真かは明記されていないのですが、だいたいわかります。

1940年代のカイルアは、人口3000人の小さな町でした。それを変えたのは第二次世界大戦です。アメリカ軍の基地がモカプ他、数カ所に造られ、人もどんどん増えていきました。戦後、いくつもの土地が解放され、町ができていきます。この写真は、戦後解放されたかその直前か、その直後(1945〜1948年?)の写真やと思います。

ちなみに、ワイキキにアラワイ運河が完成したのは1928年。ワイアラエアべニューはもっと前からありましたから、それと比べたらほんまに最近です。ここから建物が増えていくわけですが、町らしくなって来たのは、1950年代と書いてある資料もあります。

そこから順調に発展して行ったのか?というと、街として発展というより、海岸線には高級住宅、山側には閑静な住宅街が広がりました。

カネオヘの山側に、Hoʻomaluhia Botanical Garden という植物園みたいなところがあります。中には大きな池みたいなものもあったりして、なんとも不思議な空間です。観光でハワイ入りした方がここへ来られることはあまりないみたいですが、実は地元の人も来たことがなかったりする場所です。

なんでこんなもんがあるんやろう?と思って調べてみてびっくりしました。この植物園が造られたのは1982年。なんと、カイルアとカネオヘの町を、水害から守るために造られていました。

この辺りにそびえるコオラウ山脈は、崖っぷちみたいな姿をしています。ワイキキ側から見えるコオラウ山脈は穏やかな姿をしていますが、反対側は断崖絶壁なのです。で、雨が降るとたくさんの滝ができ、カイルアとカネオヘの街は時々、水害に見舞われていたそうです。

1982年といえば、40年ほど前の出来事です。カイルアとカネオヘが穏やかに暮らせるようになったのは、本当に最近のことやったのです。

じゃあ、この地は歴史が浅い場所なのか、というと、これがまた違います。

カイルアには、ウルポヘイアウという、オアフ島で一番古いと言われているヘイアウがあります。

ヘイアウとは、ハワイ原始宗教の神殿のような場所です。神社のように祈祷をしたりするようなところで、寺院や教会のような布教活動をする場所ではありません。いやしかし、一番古いということは、オアフ島で一番人が集まる場所だったということ。カメハメハがハワイを統一するよりも遥か昔のことです。

しかも、カネオヘにはそんなヘイアウがあと2つあります。これはパフキニヘイアウです。カイルアの山側にあります。ウルポヘイアウもパフキニヘイアウも、海岸線から随分内陸の寂しい場所にあります。どうしてこんなところにあるのか。それは….

昔は、その辺りまで海があったから。浅瀬の入江みたいな感じやったんでしょうか。フィッシュポンド(古代ハワイアンが利用していた養殖池)みたいに使っていたのかもしれません。この辺りは….

・古代ハワイアンにとって大きな集落があった
・西洋人がやって来て、忘れ去られたようになる
・戦争が始まり基地として大きくなり始める
・戦争が終わり町として賑わい始める

この地で起きた出来事は、もっともっといっぱいあると思います。いろいろ事前学習して、次のハワイに備えてください。知ってることが増えると、本物を見た時の感動が倍増して旅はより楽しくなると思います!

おまけで、カイルアの歴史を紹介したページがあるので紹介しておきます▼

History of Kailua

<編集日:2020年6月18日>

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